Monthly Archives: 1月 2012

トヨタのFF車

80年代前半に各種現れた第1世代は、フォームといい中身といいどれもそれなりにフレッシュな真剣さにあふれていました。
FF化が遅れたこともあって世界レベル、というか欧州車に対する後身を真剣に受け止めていたせいでしょう。
ところが、一段落して2世代目3世代目と代わるうちに、それらは急激にどうでもいいものとなっていった。
本質的な性能の充実をおざなりにして、はっきり言えば土台を使い回ししながらお茶を濁し続けたわけであります。
他メーカーのレベルその他市場における競争の状況を俯瞰的に見極めて、要するにお客を甘く見ていたのです。
簡単にナメられるこちらの側にも少なからず問題はあったにせよ、そういうふざけた具体的なトヨタ車は、今だとコロナとか。
つい最近まであったスターレットもそうです。

ここにきてようやくそれら全体が大きく世代交代をしつつはあるが、ヴィッツやビスタを見ていると、手放しで喜ぶ気にはなれありません。
かといって、十数年も昔のスターレットやコロナやカローラを一押しするのが現実的とはとうていいえありません。

だいたいオススメしようにも、この車がほとんどないのだからどうしようもありません。
ことほどさように、何らかの原因でイチから新しいことを始めるときは、たとえ世慣れた大メーカーの仕事であっても不可能というか、ストレートなノリが結構前面に表れる。
もっと言えば、そういうときの車でもないかぎりわざわざ高いお金を払って買う必要はないのではないか。
世代を超えてコンスタントに〝いい仕事″を続けている日本車というのはまずありません。
パッと思いつく範囲では、セルシオとロードスターとレガシィくらいです。
ほかの車種はほとんどが途中で駄目になるか当初からずっと駄目という状態……。
というような事実に気づく、典型例はモデルチェンジをした後です。
で、いい車を手に入れようとすると、中古車ということになるのです。
日産、トヨタ以外では最近だとホンダのマイナーチェンジもダメだった。
3ドアのみでポップな内外装色というのは製品企画上かなり本格的なものだったはずなのに、それが激しく不評と見るやいなや変更。
当初製品化は考慮すらされていなかった5ドアモデルをあわてて修正し、内装色も無難な無彩色系に。
乗れば相変わらずいいことはいいにせよ、単純だったオリジナルコンセプトははっきり否定されたわけです。
なんだこれという気もするが、それで確実に売れてしまうのだからホントに悲しい。
いや、だからこそ、なくなった貴重な仕様を買えるのも中古車ならではのよさだと思えばいいじゃないか。

車の買い時

さすがに魚や野菜の旬よりは長いが、限られた時間という意味では似たようなものかもしれません。
それに、魚や野菜なら一度旬を逃しても次もまたいいときがやってくる。
けれど、車の場合はそのかぎりではありません。
どういうわけか、ことに日本車の場合はいい状態が2世代3世代と長く続くことがほとんどありません。
いい状態とは、ひとつには作る側がキツイながらも其撃に、または気合あふれる仕事をした結果として車があるような状態です。
作った人々に直接触れる機会が多いせいも多少はあるかもしれないが、日本車の場合はたとえば同じ名前の車でも、世代ごとに頑張ったケースとそうでないケースがはっきりします。
場合によっては、それこそ写真を見ただけでもわかってしまう。
しかも、デキのいいときとそうでないときのバラツキもかなりデカい。
たとえば、わかりやすいところだと日産プリメーラ。
初代モデルと現行型とは、まさに似て非なる車です。
初代モデルは、欧州メインということで日本車らしからぬ真剣な車作りをしたことが評価されて独自の地位を築いた。
それに油断でもしたのか、モデルチェンジ後は普通な日本車そのもの。
で、今やかつてのオーラはありません。
車としてもむしろ退化してしまいました。

初代モデルのどこがよくて日本で望外のヒットとなったのか、おそらく製作側は何もわかっていなかったのでしょう。
ということで、年式的にちょっとキツクなりつつありますが、第3章で初代モデルをオススメしております。
または同じく日産のスカイライン。
2世代前、つまりGT・Rが復活した最初の時代は、見事にビシッと意志統一のされた車件りの産物でした。
言ってみればGT・Rのために、ほかのすべてのスカイラインが犠牲になったような惨状だったが、おかげで少なくとも主張ははっきり明快に伝わった。
主張とはズバリ、軽快なスポーツセダンですね。
ブタ呼ばわりされたその前の現行モデルとはうって変わって、足腰も上半身もバッチリとシェイプアップされていた。
それが、次の型、つまり現行型の先代ではまったく逆戻りしました。
開発段階の途中で、ホイールベース延長などという意味不明な決定も下ったりして、見るからに水太りの状態になってしまったのです。
あわてて現行型で元に戻そうとかなり頑張ったが、旧モデルの体と同じ状態にはならず……。

オートマについて

今や、ほとんど前時代のアイテムといった感すらあります。
なのに、乗ってみると1段オートマより断然に運転しやすい。
ギアの段数がひとつ減っただけで、ほとんど別もの。
しかも例外なく。どうしてなんでしょうか。
簡単に言って、それは余裕がないぶん真撃な態度で設計されているからでしょう。
そういう話を知り合いの先輩にしたら2段オートマはもっと真面目だったよと言われてしまいました。
たしかにそうかもしれません。
極端なOD=オーバードライブをはじめとするおかしなギア比配分やスカスカのトルコンなどは、考えてみればすべて4段になったために運用されてしまったのです。
理屈のうえでは、機械の潜在能力が一段上がって、ばら色の未来が開けたはずなのに、現実に余裕が増えたせいで、かえって正味の使いやすさが失われてしまいました。
たしかに4段オートマは、誰もいない高速道路をすーっと速度一定で走るときにはエンジン回転が下がるぶん正直に静かで燃費もよくていいかもしれません。
または、青信号スタートで、ギャギャッと乱暴に飛び出すのは安全になったかもしれません。
4段オートマ(主として日本)の良い点は、せいぜいその程度でしかありません。
とはいえ、そんなものは良い点とはいえありません。
勿論、段数が増えたぶん、いいところばかりを享受できる例だってあるわけですが。
そういうわけで、3段オートマのよさは自分的には西暦2000年における自動車関係での最大の発見です。
どんな新型車も、どんな新技術も驚きと感動という点で3段オートマにはかないません。
これは正直な考えです。
こうした気持ちは、単に安いからという原因からだけではなく中古車に注目するというのも、とらえかたとして同様ではないでしょうか。
言ってみれば、さしずめ中古車とは1周遅れの最新バージョン。
テクノロジーが進歩する、更新されるというのは、それ以前の状態でひとまず成熟していた状態を一度チャラにして新規の挑戦を始めるということでもあります。
当然、不十分だったり不慣れだったりする部分が大目になります。

日本の車のオートマ

私は常々、日本の車のオートマは本当に微妙だとさかんにつぶやいてきました。
電子制御だの何だのといいつつ、普通にキレイに運転しようとするとかえって苦労するか、またはそれがほとんど不可能であるような物が圧倒的多数だからです。
その一部だけとっても、日本車など買わないほうがいいと判断するには十分すぎてお釣りがくると本気で考えていました。

限界性能が低かったら限界で走らなければいいだけの話だが、オートマという機構がなければ、車を走らせることはできない。
その変速機がへンだったら、これはもうどうもなりません。
しかし、そのへんに対する考え方が、ここ最近多少か変わってきました。
というのは、偶然にして3段オートマの国産車に新車、中古車とりまぜて何台かに乗ってみたからです。

そして、それら3段オートマがどれも結構目からウロコの落ちるような出来の良いものばかりだったからです。
近頃は軽自動車でもオートマは4段が当たり前で試乗する車に3段オートマがついていることはほとんどありません。
ということで、すっかり眼中になかったが実に意外というか盲点でした。
ひとたびそれに気がつくと、そういえば以前に乗った3段オートマ車はどれも良かった。

誇張でなく、今のお気に入りはとにかく3段オートマの車ですと言ってまわりたいテンションです。
車選びのアドバイスがたった1行にも満たない説明で済むのだから、考えようによっては楽なことではないでしょうか。